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zoom RSS 旅 645 雨降山 大山寺(1)

<<   作成日時 : 2017/03/14 12:05   >>

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2016年 5月18日
雨降山 大山寺(1)

 三之宮の比々多神社の後、大山寺へ向かった。
 大山寺(おおやまでら)は、神奈川県伊勢原市大山にある真言宗大覚寺派の寺院で、大山不動の通称で知られる。
 山号は雨降山(あぶりさん)、本尊は不動明王で、開基は良弁と伝わる。
 高幡山金剛寺、成田山新勝寺と共にしばしば「関東の三大不動」に数えられ、江戸期には江戸近郊の観光地として賑わったという。

 有料の駐車場に車を駐めて、土産屋などが並ぶ参道を上り、大山ケーブルの駅まで来た。今日は阿夫利神社下社まで行く予定ではないので、大山寺まで往復切符(480円)を買った。
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 「宿儺灯」という灯籠があった。 水無神社で知った飛騨の両面宿儺を思い出した。大山にも飛騨の両面宿儺のようなまつろわぬ神がいたのであろうか。
 宿儺の「儺」は追儺の神事に見られるように「疫神」や「鬼」の意味を含んでいて悪神のイメージである。
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現地説明板より
『 大山寺  真言宗大覚寺派
 昔から「大山不動さん」と呼ばれた大山寺は、山号を雨降山といい、天平勝宝7年(755)奈良東大寺の別当良弁僧正が、父母の孝養のために建てたといわれる。
 赤子の時、大鷲にさらわれた良弁(ろうべん)を捜して、日本国中を尋ね廻った父母が、盲目の乞食になり果てていたのを、不動明王のみちびきで、親子の再会が出来たと、大山寺縁起絵巻に書かれている。
 良弁に帰依深かった聖武天皇は、良弁親子の再会に強く感動され、大山寺を勅願寺とされた。寺はその後いくたびか災厄にあったが、鎌倉・足利・徳川幕府の保護をうけ、その都度再建された。
 本尊不動明王・矜迦羅童子・制吁迦童子の三体は、珍らしい鉄像で、鎌倉時代(1270年頃)大山寺中興の祖、願行上人作と伝えられ、国の重要文化財である。他に平安前期(782〜897)の木造不動像をはじめ多くの仏像がある。
 この寺はかつて、日本古来の予言者から発展した山岳宗教の「修験道」の道場で、大山不動信仰を世に広めたのは、この修験者たちであった。今でもその象徴である天狗の面が土産店で売られている。
 庶民が期待する大山不動尊信仰の特別の冥加は、農・漁・商・工・職人・技芸人等多くの人々の間で、その子供達が親の職業を立派に引き継ぎ栄えるよう、加護をうけることであった。
 昭和57年11月3日  伊勢原ライオンズクラブ  』 
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現地説明板より
『 国指定重要文化財 鉄造 不動明王 及び 二童子像  
 昭和3年8月17日指定
 大山寺の本尊で、不動明王像を中心に、向かって右に矜羯羅童子像、左に制吒迦童子像を両脇侍像とする三尊像である。不動明王像は、髪を総髪にして左肩に弁髪を垂らし、右手に宝剣、左手に羂索を持って坐り、顔は両眼を見開き、上の歯で下唇を噛んで、忿怒の相をしている。像高、97.7cm。 
 両脇侍の童子像は、矜羯羅童子像が左手に蓮の華、右手に独鈷を持ち、制吒迦童子像が左手に肩布を握り、右手に宝棒を持って立っている。像高、矜羯羅童子像96.0cm、制吒迦童子像95.4cm。
 三尊像とも、強く張った頬や量感溢れて力強い体躯を持つ、鎌倉時代中期の作である。鉄で鋳られている「鉄仏」は、主として東国で鎌倉時代以降に造立されるようになるが、この三尊像は、日本の「鉄仏」の中でも最も大きく、最もすぐれた作例である。現在、本堂奥の奉安殿に安置されている。
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県指定重要文化財 木造不動明王坐像  昭和59年11月22日指定
 本堂向かって左の護摩壇の本尊として安置されている。五大明王像の中尊像である。寄木造り、彫眼、本来は彩色されていたと思われる。髪や持物、顔の表情などの姿は、大山寺の本尊、鉄造不動明王像と同様である。
 丸みのある頬は忿怒の相にしては穏やかであり、柔らかな衣の襞の表現とともに、この像が平安時代後期の作であることを示している。県内では数少ない平安時代の不動明王像である。像高、49.6cm。
 平成10年3月  伊勢原市教育委員会  』
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 前立不動明王像だけで本尊の重文「鉄造 不動明王 及び 二童子像」は見られないと思っていたが、八の付く日は不動明王の縁日ということで、毎月8・18・28日に開帳されていた。今日は5月18日で開帳されていたので、拝観料を払って奉安殿に入れた。どうやら不動明王には歓迎されたようだ。
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 この本尊の鉄造不動明王の目は、春日局が目の水晶を入れたという伝承があるが俄には信じられない。
 日本では鉄造の仏像は鎌倉時代を中心に制作されているが、鉄は銅に比べて衣文などの細部の鋳造がむずかしく、鋳造後の表面の仕上げも困難なため、優れた作品は比較的少ない。本尊の「鉄造 不動明王 及び 二童子像」は、鎌倉時代の鉄仏のなかでも秀作の1つに数えられるものである。
 不動明王像に比べ、左右の二童子像は鋳型のずれが見られるなど、やや技法的に難があるとされる。


 本堂向かって左には、木造不動明王坐像(県指定重要文化財)があった。
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 私はこの木造不動明王坐像よりも、本堂右側にある十一面観音像が気になった。
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 狭い境内を見て回った。
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 この高さ11mの青銅造りの宝篋印塔は、大正3年(1914)に再建されたものだという。
 廣徳院憲海房が、寛政7年(1795)に、旧大山寺境内(現阿夫利神社下社)に新建立したが、明治初年の神仏分離で壊された。それを100年余り経った大正3年(1914)に再建したのだという。その後、関東大震災(大正12年)で上部が倒壊したが、大正15年に復元された。香花を供えて右回りに3度回ると願が叶うとされる。

 明治の神仏分離までは大山寺は、阿夫利神社下社と共にあったが、廃仏毀釈に遭い多くの仏教施設は破壊された。大山中腹にあった不動堂は破却されて、現在の大山阿夫利神社下社となった。
 その後、明治9年(1876年)、現在地(元の来迎院の跡地)にて不動堂の再建が着手され、明治18年(1885年)に明王院という寺名で再興された。
 大正4年(1915年)、明王院は観音寺と合併し、ようやく大山寺の旧寺号が復活した。この巨大な宝篋印塔が再建されたのは、大正3年(1914)だと言うから、大山寺の旧寺号が復活する1年前ということになる。この宝篋印塔は大山寺復興のシンボルでもあったのだろう。


 梵鐘もあった。
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 この梵鐘は昭和24年6月に篤信者たちによって奉納されたものだという。
 旧境内((現阿夫利神社下社)には、徳川家光によって奉納された梵鐘があったが、明治の神仏分離で破脚され、銘文の「大檀那従一位左大臣源家光公」の部分のみが阿夫利神社社務局に保存されているという。
 明治初年の神仏分離・廃仏毀釈の中心となったのは権田直助という人らしい。権田直助は阿夫利神社にとっては恩人であるが、大山寺にとっては仇敵となったようだ。
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 「かわらけ投道場」というものがあった。厄除の谷にかわらけを投げ、厄を落とすらしい。 頂いた栞には次のようにあった。
『 土器(かわらけ)投げ  厄除け・開運
一、投げて厄を落とし
一、砕いて厄を払い
一、的を通して願いが叶います
 厄除 かわらけなげ
 “かわらけ”は漢字で“土器”と書きます。
 「かわらけ投げ」は大山寺開山1250年を記念して、開設されました。
 当寺院の「かわらけ」は、“厄除け”と書かれた直径6cmの天下ぼしの土器(どき)で、土にすぐ戻る素材です。
 かわらけをがけ下に向けて投げると、厄除けに効くだけでなく、がけ下に直径2.5mの福輪があり、その中をくぐれば幸運をもたらすとされています。
 単に厄除け、開運を願うだけでなく、ご家族やカップルでも楽しめる行事の一つとして是非お試しください。 』

 土器(かわらけ)投げは古くからあるものではない。このような投げる物を買って的を通すものを寺社で見ることがあるが、却って由緒ある古社や古刹の威厳を貶めているように感じるのは私だけではあるまい。もし谷に水霊(水の神)がいたならば、快く思わないのではないだろうか。

 谷の向こう側に何か見える。
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 ズームアップしてみると、不動明王であった。「北向さくら不動尊」というらしい。
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 谷の向こうまで行けるのなら、後で行ってみようと思った。


 本堂の脇の池には倶利伽羅不動明王が祀られていたが、私が気になったの「伯耆坊大天狗大神」が祀られていたことだ。
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 伯耆坊大天狗は大山阿夫利神社でも祀られていた。大山伯耆坊は全国八大天狗に数えられた天狗で、元々は伯耆大山の天狗だったが、相模大山の相模坊が崇徳上皇の霊を慰めるために四国の白峰に行ってしまったために、その後任として移って来たといわれる。富士講の人々に信仰されたという。修験道のネットワークの広さを示しているようで興味深い伝説である。

 大山阿夫利神社への参道の中腹であるが、ここからも伊勢原などがよく見える。
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 厄除の谷の向こう側へも行くことができた。ここへは林道が上がってきているようで、大山寺に用事がある人は車で上がって来られる。帰りに豆腐を食べた食堂で、この林道の入口の場所を聞いたので、今度来る機会があったら上ってみたい。

 谷の向こう側からは木々に隠れて大山寺の全景は見えなかったが、それでも境内の狭さを伝えられる写真は撮れた。
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