旅 1085 姫古曽神社(鳥栖市姫方町)

2017年 5月17日 姫古曽神社(鳥栖市姫方町)  北から流れてきて、久留米で筑後川に注ぐ宝満川は興味深い川である。  宝満川は宝満山(829m)麓から流れ出すので宝満川というのだろう。この川を遡り、宝満山の南麓に鎮座する竈門神社へ行こうと思った。  途中、宝満川を遡る道筋で、大中臣神社、七夕神社、筑紫神社に寄ることにした…
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旅 1084 玉垂宮(たまたれぐう)

2017年5月17日 玉垂宮(たまたれぐう)  旅人の朝は早い。6時前には玉垂宮に着いた。  玉垂宮は久留米市大善寺町宮本にある神社で、大きな神社で氏子も多いようだが式内社ではない。これは昨日訪れた風浪宮と同様に神仏習合が強かったようで、寺としての認識が強かったためかもしれない。鎮座地の大善寺町の名にそのあとが残る。  …
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旅 1083 風浪宮(ふうろうぐう)

2017年 5月16日 風浪宮(ふうろうぐう)  風浪宮は、福岡県大川市酒見にある神社で、地元では「おふろうさん」の名で親しまれている。 旧県社で代々阿曇氏が祭祀を司る。  県道710号線を挟んで西側に大川公園がある。大川公園の駐車場に車を駐めて参拝したが、大川公園もかつては境内であったようだ。 現地碑文より…
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旅 1082 伊勢天照御祖神社

2017年 5月16日 伊勢天照御祖神社  5月10日の夜に対馬へ渡ったが、その前に久留米の水天宮や佐賀県の東部を廻った。  対馬と壱岐の旅を終えて、また久留米に戻ってきた。  伊勢天照御祖神社(いせあまてらすみおやじんじゃ)は、福岡県久留米市大石町字速水に鎮座し、大石神社とも呼ばれ、水天宮の南にある。旧県社で式内社「筑…
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旅 1081 大己貴神社

2017年 5月16日 大己貴神社  朝倉市から北の朝倉郡筑前町弥永にある大己貴神社へやって来た。大己貴神社は、式内社「筑前國夜須郡 於保奈牟智神社」に比定され、旧県社である。  近くに三輪小学校があるが、ここは旧三輪町である。  神社から道路を隔てた所に「歴史の里公園」があり、そこに次のような説明板があった…
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旅 1080 朝倉橘広庭宮跡

2017年 5月16日 朝倉橘広庭宮跡  筑後川沿いの恵蘇八幡宮(木の丸殿跡)から朝倉橘広庭宮跡へやってきた。 現地説明板より 『 県指定史跡 長安寺廃寺跡 所在地  福岡県朝倉町大字須川字鐘突1271~1308 指定日  昭和38年1月9日  奈良~平安時代の古代寺院跡で、古くは朝鞍寺、朝闇寺と呼ばれていた。…
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旅 1079 恵蘇八幡宮 (えそはちまんぐう)

2017年 5月16日 恵蘇八幡宮 (えそはちまんぐう)  山国川の左岸にある牛頭天王公園に寄った後、山国川を遡り、日田に着いた。途中に2012年の九州への旅で訪れた「青の洞門」などもあり、5年前のことを思い出すと同時に5年間の時の流れがよみがえった。この5年間で2回入院した。親戚や友人の葬儀にもいくつか参列した。  日…
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旅 1078 牛頭天王公園

2017年 5月16日 牛頭天王公園  中津から山国川を遡り日田を越えて筑後川沿いに下ることにした。山国川の西岸(左岸)に牛頭天王公園というものがあったので、牛頭天王の名にひかれて寄ってみた。  山国川が県境になっているので、ここは福岡県築上郡上毛町大字垂水となる。垂水という字名から水に関係した場所であったようだ。 …
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旅 1077 中津城公園

2017年 5月16日 中津城公園  三斎池ごしに中津城の写真を撮った。現在の天守閣は昭和39年に旧藩主の子孫奥平氏により全く新規に建立されたもので、鉄筋コンクリート五層のものである。 現地説明板より 『 三斎池  慶長5年(1600)関ヶ原の戦などの功によって黒田長政は筑前52万石となり、如水とともに中津を去…
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旅 1076 闇無浜神社(くらなしはまじんじゃ)

2017年 5月16日 闇無浜神社(くらなしはまじんじゃ)  闇無浜神社は山国川から分流した中津川が海に注ぐ辺りの右岸(大分県中津市大字角木)にあった。  海側にある土手を上ってみた。  見えるのは龍王橋で上を県道23号線が走る。  上流を見ると北門橋が見え、その先に中津城が見えた。  中津川の水…
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旅 1075 薦神社(こもじんじゃ)

2017年 5月16日 薦神社(こもじんじゃ)  昨日は、国道10号線の中津バイパスにある道の駅「なかつ」(大分県中津市大字加来)で泊まった。近くに中華料理店があったので、そこで夕食を食べビールも飲んだ。ここから約2.5kmほど西に走り山国川を渡れば福岡県である。  朝、目覚めると南に平らな山が見えたので、八面山か…
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旅 1074 長宗我部信親の墓

2017年 5月15日 長宗我部信親の墓  今日最後の訪問場所を長宗我部信親の墓と決めて、大分川水系から大野川水系へやって来た。大野川は大分県第一の川とされる。  着いたときには午後5時40分を回り、5月の暮れなずむ空もだいぶ明るさを失いつつあった。 現地説明板より 『 1586年(天正14年)11月下旬、…
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旅 1073 キリシタン殉教記念公園

2017年 5月15日 キリシタン殉教記念公園  大分川と大野川の河岸段丘東端に近い葛木にキリシタン殉教記念公園はある。    現地碑文より 『 大分県キリシタン 殉教記念碑の由来  この地は、国主大友宗麟が保護したため、キリスト教が目覚ましく繁栄したところです。  それだけに、ひとたび禁教の嵐が吹き…
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旅 1072 大分社

2017年 5月15日 大分社  滝尾百穴のある滝尾中学校から北へ進み、JR豊肥線の踏切の南側に大分社がある。 現地説明板より 『 大分社 (元 豊後国一の宮) 1.鎮座地  大分市大字羽田字宮田435番地の2 2.神社名  大分社(おおきたしゃ) (元 郷社  通称 おおいたしゃ)  江戸時代…
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旅 1071 滝尾百穴横穴古墳群

2017年 5月15日 滝尾百穴横穴古墳群  大分川の右岸滝尾地区にある滝尾中学校グラウンドの南東側の崖には滝尾百穴(たきおひゃっけつ)と呼ばれる横穴古墳群がある。  滝尾中学校に着いたのは、4時半頃でグラウンドでは中学生が部活をしていた。  遠慮がちに来校者用の駐車スペースに車を置き、外にいた教員とおぼしき人に…
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旅 1070 熊野神社(碇山)

2017年 5月15日 熊野神社(碇山)  碇山に松平忠直(一伯)が「熊野権現縁起絵巻」を寄進した熊野神社があるというので行ってみた。  途中に「熊野神社跡地」の碑があった。 碑文より 『 由緒  天長3年8月第53代淳和天皇の御代 田辺少納言源義基は西海鎮守として京より津守の荘「雪本」に定め熊野三所権現を祭神…
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旅 1069 賀来神社 (大分市)

2017年 5月15日 賀来神社 (大分市)  豊後国分寺跡から賀来神社へやって来た。  賀来神社(かくじんじゃ)は大分県大分市賀来にある旧県社で、祭神を武内宿禰命、建磐龍命とする。  神社の前に大分川が流れ、少し下流で大分川に賀来川が合流する。賀来神社は大分川の土手を下った所にあった。 …
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旅 1068 豊後国分寺跡

2017年 5月15日 豊後国分寺跡  国分寺は天平13年(741)、国の安泰を願う聖武天皇の発願により、各国の「好所(こうしょ)」を選んで建てられた。  豊後の場合、大分の国分の地が選ばれ、昭和49年以来の発掘調査の結果や現在も残る礎石により、七重塔、金堂などの壮麗な建物が建ち並んでいた様子を窺い知ることができる。  …
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旅 1067 高瀬石仏

2017年 5月15日 高瀬石仏  西寒多神社、霊山寺と回ったあと、高瀬石仏と豊後国分寺跡を訪れることにした。  霊山寺の北西に口戸という地名があるが、ここにも石仏があるという。  口戸にはかつて御稜古墳と呼ばれた長さ80m、後円部の径58mの前方後円墳があった。御稜古墳と呼ばれたのは、江戸時代から天皇御陵と考えられ…
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旅 1066 飛来山 霊山寺 (大分市)

2017年 5月15日 飛来山 霊山寺 (大分市)  西寒多神社の次に霊山寺にやってきた。  霊山寺(りょうぜんじ)は、大分県大分市岡川にある天台宗の寺院。山号は飛来山(ひらいさん)で本尊は十一面観音である。 現地説明板より 『 霊山寺の由来  人皇43代元明天皇の御代和銅元年(708)…
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旅 1065 三浦道寸の墓

2020年 5月24日(日) 三浦道寸の墓  5月14日に横浜市と相模原市の一部を回った。バイクで行く予定であったが、バイクがかからず車で出かけた。  そのバイクを3万円余りでなおした。バッテリーとプラグを替え、エンジンオイルも入れ替えた。  その後、バイクの調子をみるために出かけようと思っていたが、天気が悪く風の強い日が多…
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旅 1064 西寒多神社 (ささむたじんじゃ)

2017年 5月15日 西寒多神社 (ささむたじんじゃ)  豊後国一宮とされる柞原八幡宮から、もう一つの豊後国一宮とされる西寒多神社に行った。9時50分頃に着いた。  西寒多神社は柞原八幡宮の南東の方角にあり、大分川を挟んで直線距離で約8.5kmの位置にある。間に賀来神社や豊後国分寺跡、高瀬石仏などがある。 …
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旅 1063 柞原八幡宮 (ゆすはらはちまんぐう)

2017年 5月15日 柞原八幡宮 (ゆすはらはちまんぐう)  大分自動車道を大分ICで降りた後、カーナビに導かれて走っているのでどこをどう走ったのかよく分からないが、一旦国道10号線に出たのであろうか。  国道10号線の別府と大分の間は、通称「別大国道」と呼ばれ、別府大分毎日マラソンのコースになっているので、よくテレビで…
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旅 1062 無量光寺

2020年 5月14日 無量光寺  国道16号線の東側から国道16号線を横切って西側に入り相模川に向かって走って行くと、今度は前方に丹沢の山並が見える。  JR相模線の踏切を渡り、相模川のつくった河岸段丘を下って行く途中に無量光寺はあった。途中から境内へ車で入ったので、正面入口まで歩いて下りて行った。  門は冠木門で寺の…
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旅 1061 氷川神社 (相模原市)

2020年 5月14日 氷川神社 (相模原市)  相模原市中央区清新にある氷川神社へ行った。  国道16号線も橋本へ近づくと、前方に高尾山などの山地がはっきり見えてくる。  氷川神社の鎮座地周辺は清兵衛新田と言った。現在残る「清新」という地名は清兵衛新田から、「清」と「新」を採ったものだ。  旧相模原市域は相模国の…
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旅 1060 掃部山公園 (かもんやまこうえん)

2020年 5月14日 掃部山公園 (かもんやまこうえん)  山下公園から掃部山公園へ向かう途中、信号で停まったので車の中からランドマークタワーの写真を撮った。さすがに近くへ来ると見上げる感じである。  ランドマークタワーは70階建て、高さ296.33mで、1990年3月20日に着工され、1993年(平成5年)7月16…
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旅 1059 山下公園

2020年 5月14日 山下公園  千代崎町にある麒麟公園からビヤザケ通りを上がり、海の見える丘公園の西側を下り元町へ出た。  海の見える丘公園の南側には神奈川近代文学館と大佛次郎記念館がある。  車の中から大佛次郎記念館入口の看板の写真を撮った。  大佛次郎(おさらぎじろう)と言えば鎌倉というイメージ…
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旅 1058 「麒麟」に来た

2020年 5月14日(木) 「麒麟」に来た  今年のNHKの大河ドラマ第59作は「麒麟がくる」で、明智光秀を主人公にしている。放送前に帰蝶役の沢尻エリカが薬物所持で逮捕され、どうなることかと思われたが順調に放送されている。  4月スタートのドラマが新型コロナウイルスの影響もあり撮影が進まないようで軒並み放送開始が遅れている中…
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旅 1057 国津意加美神社 (壱岐市 郷ノ浦)

2017年 5月14日(日) 国津意加美神社 (壱岐市 郷ノ浦)  一支国博物館で、計画していた訪問先は回り終えたので、フェリーに乗るために郷ノ浦へ向かった。  郷ノ浦で少し時間があったので、どこかへ寄ろうと考え、国津意加美神社と「春一番の塔」へ行った。  寄る神社を国津意加美神社にしたのは、特に理由はないが、一応式内社だと…
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旅 1056 原の辻遺跡 と 一支国博物館

2017年 5月14日(日) 原の辻遺跡 と 一支国博物館  まず「原の辻ガイダンス」に寄り、発掘の歴史や調査の様子などの概要を掴んだ。 現地説明板より 『 国特別史跡 原の辻遺跡(はるのつじいせき) 長崎県壱岐市芦辺町・石田町 [ 深江田原一帯 ]  長崎県で2番目の大きさを誇る平野〔深江田原(ふかえたばる)〕にあ…
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旅 1055  シェフ と スーパーモデル

2020年(令和2年)5月 シェフ と スーパーモデル  ヴィクトリアズ・シークレット・モデルというスーパーモデルたちがいるという。  新型コロナウイルスの影響で、連休も外出自粛をしているので、ネットを見ることが多く、ネットで目の保養をさせてもらった。  「目の保養」のことを「目の正月」とも言うので、もう一度正月に戻…
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旅 1054 大塚山古墳 (壱岐)

2017年 5月14日 大塚山古墳 (壱岐)  安国寺から大塚山古墳へ向かった。  大塚山古墳は、長崎県壱岐市芦辺町深江栄触字清水にある円墳で、長崎県指定史跡に指定されている。  古墳のある場所は安国寺の北東の裏山で、寺山とも呼ばれる。安国寺関係者の墓地もある。  県道23号線から東へ入り、道なりの上り坂の頂点右側に…
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旅 1053 安国寺(壱岐)

2017年 5月14日 安国寺(壱岐)   安国寺は、壱岐市芦辺町深江栄触にある臨済宗大徳寺派の寺院である。  足利尊氏・直義の兄弟は、臨済宗の夢窓礎石の勧めにより、鎌倉幕府を滅亡に追い込んだ元弘の変(元弘元年・1331年)以降の戦死者の冥福と国家の安泰を願って、全国66国2島に安国寺を建立させた。  安国寺建立の目的の一…
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旅 1052 藤原理忠の墓

2017年 5月14日 藤原理忠の墓  藤原理忠(まさただ)は、平安時代中期の官吏で官位は壱岐守。  寛仁3年(1019年)、得体のしれない賊徒が島の人々を襲い、家畜を食い荒らしていると言う急報を聞いて、直ちに布代城から兵士を率いて賊徒の討伐に向うが、約3000人もの賊徒にはとても敵わず、奮戦するも味方の兵士147人と共に討…
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旅 1051 カラカミ遺跡

2017年 5月14日 カラカミ遺跡  カラカミ遺跡は、壱岐北西部・勝本町立石東触にある香良加美神社を中心とした周囲に広がる弥生時代中期から後期にかけての遺跡である。 現地説明板より 『 カラカミ遺跡  長崎県壱岐市勝本町  原の辻遺跡と共に栄えた弥生時代(今から約2000年前)の集落跡で、遺跡からは朝鮮半島や…
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旅 1050 笹塚古墳・対馬塚古墳・双六古墳

2017年 5月14日 笹塚古墳・対馬塚古墳・双六古墳  男嶽神社の後は笹塚古墳を訪れた。その後に、いくつかの訪問地を挟み、対馬古墳、双六古墳を訪れたので、ここにまとめる。  古墳は今日回ろうと計画していたが、昨日走っていた道路脇に「鬼の磐古墳」があったので、先に寄っている。 笹塚古墳 現地説明板より…
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旅 1049 男嶽神社(おんだけじんじゃ)

2017年 5月14日 男嶽神社(おんだけじんじゃ)  男嶽神社は、男岳(おんだけ)の山頂付近(壱岐市芦辺町箱崎本村触)に鎮座する神社で、現在の祭神は猿田彦命とされる。  男岳は、五百鳩(いおつり)山とも磯山ともよばれる標高156mの山。それでも壱岐の中では岳ノ辻(たけのつじ、213m)に次いで二番目に高…
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旅 1048 壱岐での朝の散歩

2017年 5月14日(日) 壱岐での朝の散歩  旅人の朝は早い。5時半前に起きて洗顔をした。  昨日、少弐公園で壱岐神社や少弐資時の墓を観たとき、この公園の駐車場を車中泊の場所に決めておいた。  駐車場のトイレには地元の人も寄っていく。壱岐島での足は車である。今日は日曜日だが、働く島民の朝も早いようだ。  洗顔を済ま…
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旅 1047 住吉神社 (横須賀市久里浜)

2020年 4月9日 住吉神社 (横須賀市久里浜)  いつも前を通り過ぎるだけの住吉神社に来てみた。 2018年の5月21日に摂津国一宮の住吉大社を訪れて、三大住吉神社の参拝を終えているが、住吉大社のブログはいつになることやら。  住吉大神についてのまとめは、その住吉大社のブログに譲るとしても、いま2017年5月の…
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旅 1046 三浦半島の卜骨・ト甲出土遺跡 (三浦市・横須賀市)

2020年 4月9日 三浦半島の卜骨・ト甲出土遺跡 (三浦市・横須賀市)  新型コロナウイルスの影響で横須賀市営コートが4月4日から使用禁止になっている。  外出自粛要請に応えてなるべく家にいるが、運動不足になることと、バイクを動かさないとバッテリーなど調子が悪くなるので、三浦半島の突端に出かけることにした。  今…
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旅 1045 マリア観音

2017年 5月13日 マリア観音  壱岐市芦辺町深江東触の長泉寺跡にマリア観音があるというので、今日の最後の訪問地として行ってみた。  小さなお堂があった。  「壱岐西国三十三観音霊場 第四番 広厳山 長泉寺」とあった。  入口左側の新しい地蔵像には賽銭があげられていなかったが、右側の舟形に彫られた像には…
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旅 1044 遣新羅使・雪連宅満の墓

2017年 5月13日 遣新羅使・雪連宅満の墓  壱岐は昔から砂石が雪のように白く、また海岸線がリアス式の特徴を備え、全体として雪の結晶にも似ていることから、由岐(ゆき)、雪州(せっしゅう)とも呼ばれていたそうだ。  壱岐が古来から「いきのしま」とも「ゆきのしま」とも呼ばれていたことは確かで、人が行き来(いきき、ゆきき)する海…
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旅 1043 天手長男神社 (壱岐市郷ノ浦町)

2017年 5月13日 天手長男神社 (壱岐市郷ノ浦町)  住吉神社の次に天手長男神社(あめのたながおじんじゃ・あまのたながおじんじゃ)を訪れた。「てながお」ではなく「たながお」と読むようだ。  壱岐市郷ノ浦町田中触に鎮座する天手長男神社は、『延喜式神名帳』に載る式内名神大社で壱岐国一宮の天手長男神社の論社であり、橘三喜によ…
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旅 1042 住吉神社(壱岐)

2017年 5月13日 住吉神社(壱岐)  鬼の窟古墳から少し西へ走ると国道382号線にでる。亀石の信号を左折して少し南下すると、国道382号線沿いに住吉神社がある。  国道から目立つように一の鳥居(明治期に建立)と燈籠が建っているが、これはおそらく後から国道から神社が分かるように建てられたものだろう。この鳥居から少し下がった…
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旅 1041 鬼の窟古墳(おにのいわやこふん)

2017年 5月13日 鬼の窟古墳(おにのいわやこふん)  国片主神社の近くに鬼の窟古墳があったので寄った。この周辺は古墳の密集地帯だという。 現地説明板より 『 国史跡 壱岐古墳群 長崎県壱岐市芦辺町・勝本町[国分・亀石地区一帯]  壱岐島内には、長崎県全体の6割にあたる280基の古墳があり、そのうち200基以上の…
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旅 1040 国片主神社 と 国分寺跡

2017年 5月13日 国片主神社 と 国分寺跡  国片主神社(くにかたぬしじんじゃ)は壱岐市芦辺町国分東触に鎮座する旧村社で、式内社の國片主神社あるいは天手長比賣神社の論社とされる。すぐ近くに国分寺跡があることから、早くから開けた場所であったのだろう。  「顎掛け石」と「六面十二菩薩」というものがあった。 現地説明…
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旅 1039 月読神社(壱岐市)

2017年 5月13日 月読神社(壱岐市)  月読神社は、壱岐市芦辺町国分東触に鎮座する神社である。式内社「壹岐嶋壹岐郡 月讀神社 名神大」の論社とされるが、旧無格社で、橘三喜により延喜式内社 月讀神社(名神大社)と比定されたが、その根拠の曖昧さが指摘されている。  道路に面して鳥居と新しい社号標があり、すぐ発見出来た。…
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旅 1038 河合曽良の墓 と 勝本城跡

2017年 5月13日 河合曽良の墓 と 勝本城跡  勝本に行ったら曽良の墓参りをしようと思っていた。曽良の墓は能満寺の墓地にあった。  墓石の上部が欠けていたが、「賢翁宗臣居士 也」とあった。 現地説明板より 『 勝本と曽良 蕉門十哲の一人 曽良のおいたち  河合曽良は慶安2年(1649)信州上諏…
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旅 1037 聖母宮(しょうもぐう)

2017年 5月13日 聖母宮(しょうもぐう)   壱岐の北端にある勝本港へやってきた。勝本は朝市でも知られる。  勝本は近世には捕鯨基地としても知られた。江戸時代には鯨組の土肥家と永取家が多大な財を築いた。特に土肥家は鴻池、三井と並ぶ三大富豪といわれたというからすごい。島内には鯨供養塔もある。  勝本にある阿房塀は…
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旅 1036 新城神社 (しんじょうじんじゃ)

2017年 5月13日 新城神社 (しんじょうじんじゃ)  新城神社は壱岐市勝本町新城東触字尻井に鎮座する神社で、樋詰城(ひづめじょう)跡に建てられたものだという。  主祭神は壱岐の守護代 平景隆で、元寇で殉難した将兵などを祀る。  短い石段には草が生えていて、地元の信仰は盛んではないようだ。  どこ…
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