旅 587 浄蓮の滝

2015年 10月16日
浄蓮の滝

 軽野神社の後は、今日の宿泊予定地 道の駅「天城越え」に向かった。一旦は浄蓮の滝を通り過ぎたが、まだ午後4時なので戻って浄蓮の滝を見ることにした。
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 「伊豆の踊子」の像があった。
 川端は自作について、「「伊豆の踊子」はすべて書いた通りであった。事実そのままで虚構はない。あるとすれば省略だけである」とし、「私の旅の小説の幼い出発点である」と述べている。
  踊子の薫(本名 加藤たみ)は、14歳だったが、私(川端)には17歳くらいに見えたという。
 「伊豆の踊子」は、今までに6回映画化され、ヒロイン役は、田中絹代、美空ひばり、 鰐淵晴子、吉永小百合、内藤洋子、山口百恵が演じており、その時代のアイドルが抜擢されている。田中絹代主演作品は白黒・サイレント映画だが、鰐淵晴子主演作品以降はカラー作品である。
 私が見たのは内藤洋子の主演作である。 山口百恵は三浦友和と共演して話題になったが、それは見ていない。
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 「伊豆の踊子」を書いた川端康成は、 1972年4月16日に亡くなった。自殺というのが定説になっている。
 私が神奈川県逗子市で勤めるようになった頃、逗子市小坪にある逗子マリーナに行ったとき、「ここのリゾートマンションで、川端康成が自殺した。」と聞き、少し意外に感じた。
 フェニックスが林立する陽光溢れる逗子マリーナが川端の自殺の場所というのに違和感を感じたが、自殺する人間にとってはそんなことはどうでもいいことなのであろう。 
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 私がテニスを始めたのは、この逗子マリーナのテニスコートであった。週に1回ナイターでプレーした。当時はハードコートだったが、今はどうなっているのだろう。

 自殺した川端康成を魔界の住人だったという人がいるが、果たしてそうであろうか。彼が亡くなったのは72歳である。
 彼の無二の友人で恩人でもあった横光利一は49歳で亡くなった。恩人の菊池寛も60歳で亡くなっている。彼は多くの友人や恩人の死を見つめ、送ってきた。目をかけて世話をした三島由紀夫も割腹自殺をした。
 日本初のノーベル文学賞(1968年)も受賞し、川端康成は満足して逝ったようにも思われるが、凡人の私には高名な文学者の心は解らない。芥川(35歳)も太宰(38歳)も自殺している。


 川端は、文化勲章(1961年)、死後 贈正三位勲一等旭日大綬章(1972年追贈)を受章しているが、1994年日本文学史上において2人目のノーベル文学賞受賞者となった大江健三郎は受章していない。
 大江は天皇制には一貫して批判的な立場を取っている。
 大江のノーベル賞受賞の基調講演は、川端の「美しい日本の私」をもじった「あいまいな日本の私」というものであった。 川端と大江は仲が悪かったというわけではない。大江は芥川賞受賞では川端の推薦を受けている。
 高校の頃、姉が大江を読んでいたので、私も少し読んだが難しい(面白くない)のですぐやめた。



 「懐徳碑」なるものがあった。
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現地説明板より
『 「懐徳碑」の説明
 この懐徳碑は、旧上狩野村(現・伊豆市湯ヶ島)の安藤藤右衛門翁が、明治39年(1906)に、私財を投じて「浄蓮の滝」遊歩道を開き休憩所を造り、地元観光産業に貢献した事を讃えています。
 以後、内外より多くのお客が訪れ、伊豆随一の名瀑として広く知られる様になりました。翁は、ノーベル賞作家川端康成が「伊豆の踊子」を執筆した湯ヶ島西平温泉旅館「湯本館」の創始者でもあります。
 また、「浄蓮の滝」は、石川さゆりさんの代表曲「天城越え」の中でも歌われております。先人の数々の偉業は、昭和の名曲とともに、滝の音のように絶えることなくいつまでも語り継がれ歌い継がれていくことでしょう。
 浄蓮の滝観光施設管理運営委員会  』

 浄蓮の滝へ下りてみると、まだ観光客はいた。
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現地説明板より
『 浄蓮の滝は天城山中第一の大滝で、高さ25m滝壺の深さ15m。浄蓮の滝付近の標高は310mほどですが、川の水は清く冷たく、真夏でも16°C程しかありません。その歴史は古く、天城山の寄生火山である鉢窪山(はちくぼやま)の噴火により流れ出した溶岩が滝をつくりました。
 滝の名は左岸山中に浄蓮寺があったことに由来します。 』

 滝壺の深さが15mと意外に深いのに驚く。

現地説明板より
『 名瀑のひみつ  1万7000年前の事件を探る
 伊豆半島の東側半分およびその沖の相模灘には100個程度の単成火山(一度の噴火で生じる小さな火山)の集まりである伊豆東部火山群が分布しています。この火山群のひとつ鉢窪山と丸山は約1万7000年前に噴火した美しい円錐形のスコリア丘です。そのふもとから流れ出した溶岩が本谷川(狩野川上流)に流れ込み、なだらかな溶岩台地と浄蓮の滝をつくりました。
 滝をつくる崖には、溶岩が冷えて固まった時にできる美しい柱状節理(冷却時の堆積収縮による柱状の割れ目)が見られます。
 周辺では、なだらかな溶岩台地や火山がもたらす豊富な湧水を利用して、わさびや米などの栽培が行われ、風光明媚な風景とあわせて大地の恵みを楽しむことができます。 』
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 清流を利用してワサビ栽培が行われていた。
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 浄蓮の滝弁財天なるものがあった。昔、浄蓮寺に弁財天があり、それに因んで作られたという。
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現地説明板より
『 天城の九木制
 現在の国有林は維新前、徳川氏の所領に属し宝暦9年以降、代官江川太郎左衛門代々がこれを管理した。
 これより先、元禄11年全山を狩野、大見、仁科、河津の四国に分かち各国に一守を置き、保護監守の任を充て山守には米三石五斗を給し苗字帯刀を許しその資格を庄屋名主の上席に置いて優遇したという。
 又、村内のスギ、ヒノキ、マツ、ケヤキ、クス、カシ、カヤ、モミ、ツガの九種を制木と定め、公用以外斫伐を禁じ犯す者は厳刑に処した。称して天城の九木制という。
 現在天城山に全木繁茂している。  』


 足早に見物を済ませて、道の駅「天城越え」に向かった。店は早くも閉める準備をしていた。石川さゆりの「天城越え」の大きなポスターが印象的だった。
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 石川さゆりが熱唱する「天城越え」では、浄蓮の滝が“情恋の滝”でも“情憐の滝”でもあるように感じられる。恐らくこの滝には弁天さまに代表される水の女神が住んでいるイメージもあるのだろう。伊豆のあちこちで女神の気配が感じられる。






 夕食になるものを買って、飲み物も買った。他県に出ると日ごろあまり目にしない商品がある。トマトジュースとカフェオレを買った。
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 トイレの表示も「伊豆の踊子」をモチーフにしたものだった。
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ここ天城はいまだに「伊豆の踊子」と「天城越え」に満ち溢れている。

 私にとって「天城越え」と言えば、松本清張原作、田中裕子主演の映画「天城越え」である。田中裕子の演技力はすごいと思った。その後、何人かの女優がこの役を演じたが田中裕子を越えることはできなかった。
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 吉永小百合と山口百恵は、三島由紀夫原作の「潮騒」にも主演している。  
 三島は1953年(昭和28年)3月と、8月から9月に取材のため神島を訪れている。神島滞在中、三島は川端康成への手紙の中で、『禁色』のようなデカダン小説とは正反対の健康な書き下ろし小説を書くために調査に来ていると伝えている。
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 数々の映画で共演した山口百恵と三浦友和は、その後、結婚したのは御存知の通りだ。山口百恵は映画の中で本当に恋をしていたのである。
 引退した芸能人で復帰する人が多い中、山口百恵は一切マスコミに姿を現さないのは潔い。

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